今日はちょっと昔話をしようと思っています
本当にむかーし、昔の話ですが…
私が小学生の頃、秋田犬を2匹飼っておりました
父親が動物好きで、実家には常に犬や猫果ては熱帯魚やカブト虫まで…
とにかく動物がいるのが当たり前な環境でした

秋田犬は雌の親子で飼っておりまして、母犬の方は大変警戒心が強く父親にしか心を開いておりませんでした
娘犬の方が発情期を迎え、父親が繫殖させ娘犬は2匹の赤ちゃんを出産
しかし、娘犬は育児放棄で母親犬が面倒みており大変微笑ましい光景でした
子犬達が離乳の時給に入り、父親が順番に離乳食を食べさせるのに私が手伝っていたのですが…

離乳食をたべさせるのに、母親犬から離さないといけないわけです
その時に私が手を出したため、警戒心マックスの母親犬が私の顔を嚙んでしまったのです(今でも口元に傷が少し残っております)
実は、その前に弟と従妹にも嚙んでおりまして今回私で3回目の事でした…

私の場合、傷が酷く父親は激怒して棒で激しく母親犬を殴ってるのを泣きながら止めたのを記憶しております
父親はその後かかりつけの獣医さんに相談し、獣医さんの回答は「人を嚙むと嚙み癖がついてしまう、ましてや大型犬だし他人に被害者が出てしまったら大変な事になるので処分したほうがいい」とのこと…

父親もその時は大変悩んだと思います…
しかし、その後母親犬は動物愛護協会というところに連れて行かれました
私も同行した際に泣きながら何度も、何度も「安楽死?苦しくないよね?」と父親に聞いて父親は「大丈夫、安楽死やから」としか答えてなかったと覚えております

その当時は子供でしたので、親のやる事に何の疑問も持たず「安楽死」という言葉にすがっておりましたが大人になってわかったこと
それは本当に「安楽死」だったのだろうか?
ただの持ち込み処分だったのではないだろうか?
もっと、父親を説得できたのではなかったか?

父親も、もう亡くなったので真実はわかりませんが…
ただ言える事は当時は今ほど動物愛護という観念は薄く
父親は私や周りを守る為に苦渋の決断をしたことを責める事はしたくありませんが、今現在保健所等で行われている殺処分というのは「安楽死」はほとんど無く「ガス室」と呼ばれる二酸化炭素が充満する部屋でもがき苦しみ悲しく亡くなっていく部屋なのです

今現在でも、秋田犬の事は忘れられません
私の中で悔やんでも悔みきれないトラウマです

今でも沢山の罪のない命が奪われている現状です
何か一つでも、少しでも一人一人がアクションを起こせば何かが変わると信じています
殺処分のない世の中になる為に…

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ちょっと、重たい話になったのでりゅう君をはさんでみました(笑)
ちなみに、写真はあくびをする直前の顔です😆
ではまたまた👋
   akiko takasugi